よくお客様からご質問を頂いたり、私自身でも考えたりするのですが初めて手にするヴィンテージ・パテックは何が最適なのでしょうか?
少し調べれば十中八九がクンロクことRef.96を筆頭に掲げられることが多い様な気がしますし、
知名度、デザイン性、ストーリー性から考えても異論をはさむ余地は無いでしょう。
しかしクンロクだけが初めてのヴィンテージ・パテックに相応しいのでしょうか?
今回はパテック史上最高傑作と誉れ高い自動巻きムーブ、Cal.27-460搭載機に”実用性”、”サイズ・デザイン”、“入手難度”の観点から注目してみたいと思います。
Cal.27-460は1960年に誕生したパテック・フィリップ製の自動巻きムーブの第2世代目に当たります。
初代自動巻きムーブであるCal.12-600ATはその仕上げの美しさ、特に精緻なギョーシェ彫りが施された非常に肉厚な18Kローターは世界中の好事家は勿論、初めてヴィンテージ・パテックを手にされるお客様ですら魅了します。しかし一方で、巻き上げ効率を重視したローターは非常に重く、自動巻き機構やローター芯等に負担が掛かりやすい構造となっていました。
Cal.27-460はCal.12-600ATをより実用機としての完成度を高めたムーブメントです。
最大の変更点はローター芯の保持にボールベアリングを採用したこと。Cal.12-600ATが採用したルビーローターに比べて耐久性と巻き上げ効率が向上した結果、Cal.27-460の18KローターはCal.12-600ATのものと比べて薄型軽量化が可能となりました。
Cal.12-600AT の様な緻密なギョーシェではなく、カラトラバマークにストライプ仕上げに変更された為にコストカットされたという声もありますが、巻き上げ効率や耐久性は向上しムーブメント自体も約15%の薄型化を実現(Cal.12-600ATが厚さ5.4mmに対してCal.27-460は厚さ4.6mm)、更に1961年に製造開始されたCal.27-460Mもカレンダー機能を追加したにも関わらずCal.12-600ATよりも薄い厚さ5.35mmに収まっています。
また、Cal.12-600ATではベースムーブをCal.10-200(手巻き)を使用していたことから緩急針とジャイロマックス・テンプを併用していましたが、Cal.23-300(手巻き)をベースムーブとするCal.27-460 はジャイロマックス・テンプのみのフリースプラング化を実現。テンプの耐震装置の改良も相まって、より高精度で実用性の高いムーブメントとなりました。
こうして誕生したCal.27-460が搭載されるモデルは、60年代の腕時計の標準サイズが35mm前後だったことからアンティークウォッチの中でも比較的大きなサイズのモデルが多く、現行の腕時計の大きさに慣れた方でも違和感なくお使い頂き易いという点もお勧めしたいポイントです。
Cal.27-460搭載機の筆頭格と言えばやはりRef.3445でしょうか。
シンプルなバーハンド・バーインデックスにカレンダーを組み合わせた嫌みを一切感じさせないデザインはTPOに縛られることなくお使い頂き易い、実用機のお手本のようなモデル。
35mmのケースサイズにボンベ状の文字盤はいかにもヴィンテージらしい雰囲気を楽しむことが出来る、60年代のパテックを代表するシンプルウォッチです。
他にもカラトラバラインを感じさせるケースデザインのRef.3514。
12-600AT搭載機の中でも人気の高いRef.2551の後継機であるRef.3433はケースの薄型化を実現しつつRef.2551譲りのデザイン性とボリューム感が魅力です。
ヴィンテージ・パテック最小の自動巻きモデルとして有名なRef.3438は自動巻きでありながらもRef.96と同じ30.5mmのケースに収まっており、改めてCal.27-460の実力を感じさせてくれます。
今回このコラムを書くに当たって調べていく中で改めて感じたのですが、
意外にもこの細身のバーハンド・バーインデックスにボンベ状の文字盤等の60年代テイストのシンプルデザインは現代の時計ではあまり採用されていることが少ないように思います(強いて近いテイストの時計を上げるとすればロレックスのオイスターパーペチュアルでしょうか)。
特にボンベ状の文字盤は、60年代当時の”高級時計と言えば薄型”というトレンドと、防水や自動巻き化によるケースの巨大化と両立させる、時計を薄く見せるための手法の一つでしたが、
恐らく昨今の時計のトレンドである所謂「デカ厚」ブームの流れにおいて巨大化したケースとの整合性を取るためには針やインデックス等の細部もより巨大化、立体的にデザインすることが求められ、自然と消えていったのかもしれません。
我々からすると60年代デザインは”モダン”、”新しい”と感じるのに対して、初めてアンティークをご検討されるお客様は60年代デザインの時計を見て”クラシカル”、”アンティークっぽい雰囲気”と仰ることが30年代・40年代の時計を見ている時よりも多く不思議に思っていたのですが、現行の腕時計では殆ど見られないテイストになっていたのであれば納得です。
ここ数年で時計の大型化も落ち着いてきて、比較的小振りな時計を造るブランドも増えてきておりますが、それでも40mm近いサイズが主流の現行の時計と比べて、この35mm前後のサイズに収まった60年代のパテック・フィリップは、独特の存在感の中にある種の奥ゆかしさを感じます。現代の時計のサイズ感に慣れている方だけでなく小ぶりな時計がお好きな方にも魅力的に映るのではないでしょうか。
またつい忘れがちなのですが、クンロクが誕生した1932年とCal.27-460が誕生した1960年は四半世紀以上の開きがあります。
40年代も60年代もヴィンテージウォッチとして一緒に扱っていると普段はあまり意識しないのですが、良く考えれば結構な年代の差です。
Ref.96を探そうと思うと大体30年代から50年代に生産されたものが多いので現代から考えると約70年~90年程前の個体になり年々コンディションがシビアになっているのに対して、Cal.27-460の製造は1960年から1970年の10年間ですから一番古いものでも60年前の個体で、まだまだコンディションの良いものが比較的見つけやすく、一部のモデルを除いてそれほど高騰していないという点も初めてヴィンテージ・パテックをご検討頂く上で手に取って頂き易いポイントかと思います。
特にステンレススチールや、ホワイトゴールド等の所謂白系素材のモデルは、Ref.96を始めとする手巻きムーブ搭載機やCal.12-600AT搭載機ではかなり高騰していて、同じリファレンスであってもイエローゴールドの数倍の価格になることも珍しくありませんが、27-460搭載機であれば100万円台半ば~200万円台半ばで見つけられることが多く、イエロー系が苦手な方や、時計の色に厳しい職場で働いている方でも気軽に楽しめるヴィンテージ・パテックを手にして頂けることでしょう。
私が個人的に時計において重視している点が”デザイン”と”実用性”です。
ムーブメントの性能がどれだけ素晴らしくても針やケース等の細部の造形美やデザインに魅力が無ければ毎日腕にしたいとは思いませんが、
一方で独創性溢れるデザインやムーブメントの仕上げがどれだけ素晴らしくても時計本来の実用性が低いものでは興醒めしてしまいます。
そうした中でこのCal.27-460を搭載した60年代のパテック・フィリップは、実用時計としての完成度と幅広いデザイン性を兼ね備えた、正に初めてのヴィンテージ・パテックとして選ぶに値する名作だと思います。
非常に高い完成度を持ちながらも、あまりにも高コスト故に不運にも1970年に製造を終了してしまいましたが、
当時のパテック・フィリップの技術の粋を集めたCal.27-460は今も尚ヴィンテージ・パテックファンの心を掴んで放さない、歴史に残る銘機なのです。
By T.N
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※コラム第一弾 ”【ヴィンテージパテック入門】なぜ、カラトラバは高く評価されているのか?” はこちら。