■はじめに
昨年から本格的に取り扱いをさせて頂いておりますカルティエのヴィンテージウォッチ。
長年シェルマンにお越し頂いているお客様や、ずっとブログをご覧頂いているお客様から見ると、唐突に扱いを始めた様に感じられた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
一年以上振りのichigo_ichieブログのコラムシリーズ第三弾では、シェルマンがカルティエを何故扱うに至ったか?
シェルマンから見たカルティエの魅力を書いていきたいと思います。
込み入った話になりますので本題に入る前に結論から言えば、カルティエの腕時計のキモは外装のデザインにあります。今回はそこを紐解いていきます。
■カラトラバorカルティエ ~腕時計は時計か?装身具か?~
腕時計の歴史に深く名を刻む傑作と言えばパテック・フィリップ Ref.96 ”カラトラバ”の名を挙げることに異論を唱える方は少ないでしょう。
カラトラバの影響を受けていない時計は殆ど無いと言われ、間違いなく今後の腕時計史に置いても永遠に称賛され続ける稀代のアイコニックピースの一つです。
しかし一方でカルティエはRef.96が誕生したと言われる1932年から四半世紀以上も前からサントスやトノー等、誕生から100年以上経った現代においても造られ続けているカラトラバに勝るとも劣らない名品を既に複数完成していました。
何故ジュエラーであるカルティエが時計メーカーに先んじて腕時計の一つの完成形とも呼べるモデルを生み出すことが出来たのか?それは、腕時計を”時計”として見るか、”装身具”として見るかによって大きく変わります。腕時計が一般的になる1930年代時点、時計メーカーは時計造りにおいて100年以上のノウハウをもっていました。しかしながらそれまで時計メーカーが製造していた時計の殆どは懐中時計や置き時計等で、腕時計の製造は極少数に限られます。一方でカルティエは1847年の創業以来、ネックスレスやブレスレット、指輪に至るまでありとあらゆるジュエリー、つまりは”装身具”を造り続けていました。
※厳密には創業者フランソワ・ルイ・カルティエは師事していたジュエリー職人の工房を引き継ぎ独立という形でカルティエを創業していて、創業以前からもジュエリー製作に携わっています。
勿論懐中時計も装身具と見ることも出来ますが、ジュエリーと比べてどちらがより身体に密接なのかは明白でしょう。
“時計(ムーブメント)”造りの歴史やノウハウは時計メーカーに譲るものの、人間工学という言葉が生まれる遥か昔からカルティエは一流のデザイナーの感性と、一流の職人のジュエリーのモノづくりのノウハウの蓄積があった為、腕時計という名の”装身具”をいち早く完成させるに至ったのだと私は考えます。
そしてそれらが腕時計のデザインとしても優秀であったことは、創業から約半世紀で誕生したサントスやその10数年後に誕生したタンク等のモデルが、100年以上に渡り大きくその姿を変える事なく造り続けられている事実が物語っていると言えるでしょう。また、カルティエの時計のデザインの不変性は、あえて我々がヴィンテージの年代に拘らず、比較的近代のモデルも積極的に扱う理由でもあります。
ではそのノウハウはどのようにして蓄積されたのでしょうか?
■時計メーカーとカルティエ、そのモノづくりの違い
熱心なカルティエファンの方にはご存じの通り、カルティエは若き飛行家であったアルベルト・サントス・デュモンからの依頼により、世界初の紳士用腕時計”サントス”を造り上げたことで有名です。100年以上経った現代でも大きく形状やデザインを変えることなく販売されている事実には改めて驚愕するばかりです。他にも防水時計で有名な”パシャ”も、モロッコ中央部の都市マラケシュのパシャ(大臣)である、エル・ジャウイ公からの要望を切っ掛けに考案されたと言われています。この様に個人の顧客からの依頼で一から時計をデザインし、実際に自社の工房にて造り上げるスタイルは時計メーカーのモノづくりとは大きく異なります。
時計メーカーはある程度大量生産することを前提としたモノづくりが基本です(腕時計が主流となる1930年代以降は特に)。そのため一人一人の顧客の要望に対して一からデザインを起こし、製作することは超一流時計メーカーであるパテック・フィリップであっても一般的では無かったと思われます。
勿論、時計メーカーも顧客からの要望で特注品を製作することは古くから行っておりました。しかし基本的なモノづくりは既存のモデルの拡張、バリエーション展開が多くを占めます。特に外装部分、ケースであればケースメーカーの、文字盤であれば文字盤メーカーの対応が可能な範疇のものが多く、時計メーカー自ら外装のデザイン・設計を行うことはあまり多くは無かったのではないでしょうか。
定められた規格の中で職人が存分に腕を振るうことで生み出された時計メーカーの数々のモデルは、時計ファンを、とりわけアンティークウォッチという分野においては目の肥えたディープな時計愛好家の方々を魅了します。しかし顧客一人一人の要望に応え続けることで得たノウハウがあったからこそ、カルティエの腕時計はいつの時代でどんな体格の方が身に着けても違和感無く、飽きる事無く使い続けることが出来る、100年を過ぎた現代でも通じるデザインを数多く造り上げることが出来たのだと思います。
■模倣されないデザイン
そんな素晴らしい完成度を誇るカルティエの腕時計。
ここでふと思うのが、なぜ他のメーカーはカルティエの腕時計を模倣しなかったのか?と言う点。どういうわけか我々がメインで扱う30年代~60年代までのアンティークウォッチには文字盤にしてもケースにしても、模倣と呼べるデザインは殆ど見かけないような気がします。
勿論意匠登録等、模倣されない為にカルティエ自身が様々な手を打っていたことは想像に難しくありませんが、そもそものカルティエのデザインが大量生産には不向きな高度な技術を要するデザインだったことも、要因の一つではないでしょうか。
タンク等、カルティエの腕時計は一見するとシンプルなデザインの物も多く、簡単に製造できそうに思ってしまうこともあるかもしれませんが、実際に当時のケースの構造などを調べると決して大量生産に向いた製法で造られていない事が解ります。溶かした金属を型に流し込む鋳造や、金属を折り曲げる・溶接する等、時計と言うよりはジュエリーの製法に近いものでした。
実際カルティエの腕時計の年間売上本数が1000本を超えるのは1960年代に入ってからで、1940年代では総売り上げが80本未満(タンクに至っては10本未満!)の年も有るほどです。このような販売本数でも成り立っていたのは前述した顧客一人一人に対してのビジネスがメインだった為で、更にそのことが大量生産ではなく、あくまでもブランド自身の感性と顧客の要望に重きを置いたモノづくりを貫いていたことで、模倣されないカルティエだけのアイコニックな製品を生み出してきたのだと思います。
因みに、1970年代頃に入るとタンク等の模倣デザインが徐々に散見されるように感じます。これは恐らくパテック・フィリップのノーチラスや、オーデマ・ピゲのロイヤルオーク等に代表される複雑な構造のケースが、工作機械の進化に伴い製作可能になった為だと考えています。
もっとも、工作機械の進化はカルティエに対しても恩恵を与えました。繊細なジュエリー的製法で製造されていたカルティエの時計に、デイリーユース、ハードユースにも耐えうる堅牢性をもたらしたからです。
不変的で美しい唯一無二のデザイン性を誇るカルティエの時計を日常的に使うことが出来る。これもまた、我々シェルマンが近代のカルティエの腕時計を取り扱う理由の一つです。
■おわりに
時に、カルティエの時計は「本業ではないジュエラーの時計」、「ガワ時計」等と揶揄される光景に直面することがあります。
確かに一流の腕時計メーカーが造り上げる時計達は素晴らしく、特にメーカー自身でムーブメントを製造する“マニュファクチュール”という言葉が以前よりもより価値の高いものになっていることも昨今肌で感じています。
私自身ムーブメントの美しさに魅了された一人の時計ファンとして、ムーブメントを重要視することに異論を挟むつもりは毛頭ありません。しかしながらムーブメントの性能や仕上げに議論が偏り、対して外装のデザインに触れられることの少なさも感じています。
今回は時計メーカーよりもカルティエにちょっと肩入れ気味な内容でしたが、このブログを通して伝えたいことは、時計には様々なスタイルが有り、もっと自由に楽しんで欲しいという想いです。
我々シェルマンはヴィンテージパテックを筆頭に、一流の職人が造り上げた美術品のような素晴らしいアンティークウォッチをお客様にご紹介することで、時計文化を絶やさず継承していくことを理念としています。しかしそれと同時に腕時計を日常的に使って楽しんで頂きたいという想いも、同じくらい強く抱いています。
パテック・フィリップやオーデマ・ピゲ等の一流の時計ブランドのアンティークウォッチは、ムーブメントや文字盤・ケース等それぞれの一流の職人による技術<スキル>によるモノづくりに支えられていた美術品であるのに対して、一流のジュエラーであるカルティエの時計は、装身具のプロフェッショナルとして顧客の要望に応え続けてきた100年以上に及ぶノウハウの蓄積によってもたらされた、一流のデザイナーと職人の感性<センス>により生み出された芸術品です。
これらのスタンスの異なる時計の間に優劣は無いと、私は思っています。
腕に乗せて一日を過ごしているだけでワクワクする様な素晴らしいデザインのカルティエの腕時計を通して、時計の様々な楽しみ方を提案していきたい、これこそが我々シェルマンがカルティエの時計を扱う理由なのです。
By T.N
※ヴィンテージ・カルティエにご興味をお持ちの方はこちらの、“弊社オンラインショップ” 及び、“シェルマンタイムス”をご覧下さい。
※コラム第一弾 ”【ヴィンテージパテック入門】なぜ、カラトラバは高く評価されているのか?” はこちら。
※コラム第二弾 ”【ヴィンテージパテック入門】Ref.96だけが最初の一本に相応しいのか?” はこちら。