「過剰なまでの思える金無垢の照り返しを、人はどのようにして己の『流儀』として着こなすのか?」そんな問いを投げかけたくなる時計が、いま私の手元にあります。
今日もシェルマンで扱う時代の名品を、私自身がこの時計から受け取った独自の眼差しと照らし合わせながら、その奥深い魅力に触れていこうと思います。
1. 1950年代という時代を閉じ込めた「金無垢の質感」
今回ご紹介するのは、1950年代のオーデマ・ピゲです。

デコラティブな面影を残すバーインデックスにバーハンド、ディスコ状のベゼルとブレスレット、そして文字盤にも木目のような彫り装飾が確認できます。


ムーブメントはジャガールクルトベースのオーデマ・ピゲの手巻きの薄型ムーブメント、Cal.2001を搭載しており、重厚感のあるデザインとは裏腹に非常に軽やかな着け心地となっています。

2.現代の眼差しで読み解く、輝きと影の二面性
この時計が纏う金全開の豪勢な意匠は、現代のクリーンな視点で捉えれば、人の野望や景気の良さがブライトに輝いていた、当時の熱量をそのまま閉じ込めたかのような存在感です。

ですが、時を経て刻まれた小傷や経年変化は、その眩い照り返しの裏側に、まるでいぶし銀のような重い陰影をもたらしていると感じます。
露骨なまでの黄金のエネルギーと、時代が刻んだ渋い影。それらが絶妙に交差することで、金無垢の表情が、怪しくも男臭い色気へと反転していきます。
3.「過剰さを粋に変える流儀」が生まれる場所
ここで私がこの時計から感じ取った価値観は、「過剰さを粋に変える流儀」です。
あまりにもキレイに整いすぎた現代だからこそ、この時計が放つ深い照り返しとその影には、どこか背徳的で心を惹きつける野性が宿っていると感じます。

派手さをひけらかすのではなく、そのギラつきと渋みをあえて腕元に差して楽しむ。それこそが、己のスタイルを持った大人の粋な嗜みなのではないでしょうか。
ところで、皆さんは「男くさい」映画と言えば、何を思い浮かべられますか?
私は「兵隊やくざ(1965-) 」が思い浮かびます。座頭市(1962-)のヒットを経て、主役に抜擢された若き勝新太郎をはじめとする銀幕の名優たちが欲深く、泥臭く、それでも懐は冷めきっていないような、この何とも言えない男くささを演じた映画です。
お気になる方は時計と合わせてぜひご覧ください。
青山店 山本
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